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銀座 佐藤養助(東京都中央区)

文: 加藤集平


2009年8月7日(金)、川崎市宮前区、田園都市線宮前平駅。

あれ、なぜ銀座じゃなくて川崎にいるの?かといいますと、せっかくの夏休み。遠出をしてまず川崎の「綾」におじゃまするつもりだったのです。その後、銀座の佐藤養助に伺う予定だったのですが…

ともあれバスでお店に向かいます。



着いた!のですが…





…休業!

(うちから)2時間もかけて来たのに!

まぁ、遠征をしているとたまにはこういうことがあるものです。

仕方なく最寄りのPC DEPOTで協議をした結果、銀座 佐藤養助に向かった後に、神保町の有名店・丸香へ行くことに。


ちなみに銀座 佐藤養助は稲庭うどんの老舗。稲庭うどんは秋田県湯沢市稲庭町周辺の特産品です。稲庭うどんができたのは江戸時代で、秋田藩のお殿様(周辺)しか食べられなかった一子相伝秘伝のうどんだったそう。その一子相伝の技を特別に(子供以外で)受け継いだのが二代目佐藤養助さん [1] だそうです。その特別なうどんをいただけるお店は限られていて、銀座 佐藤養助をはじめとする佐藤養助各店などそう多くはありません(稲庭うどん組合員はわずか20程度。香川県内の讃岐うどん店数800超とは桁違いに少ないです)[2]。

そして銀座に到着。



だんだんおしゃれな雰囲気に…これはうどん部に似つかわしくありません。



こんな色使いの地下道が他にあるでしょうか?



ま、まぶしい!目がやられる!


これはまずい…気質が合わない。服装すら合わない(PC DEPOTの写真を参照)。

そして…



…やってしまった!
しかしここで入ってしまうのがうどん部であります。

そして、間もなく奥の座敷に通されました。

やはり招かれざる客だったのでしょうか(他のお客さんにお見せできない)。ちなみに周りのテーブル席にはちょっとリッチそうな社会人か、マダムっぽい方々ばかり。銀座です。

緊張して一様にそわそわするうどん部。



創業「万延元年」とは、西暦だと1860年から1861年にあたる年。五品江戸廻送令が出され、和宮(徳川家茂の妻になる)降嫁勅許が下された年だそうです。

そして加藤が注文したのは「せいろ 醤油つゆ」(ランチタイム1000円)。



艶めかしい、大変上品な麺です。恐れ入ります。

他の人もそれぞれ頼んで、順に「味くらべセット かけうどん(温)+せいろ胡麻味噌つゆ」(1200円)、「肉味噌うどん」(1100円)です。



他にもせいろの胡麻味噌と、味くらべの醤油を注文。個室なので遠慮なくお互い交換していただきます。

加藤は初稲庭うどん。普段いただく讃岐うどんとは全く違う、細くて透明感溢れる麺を堪能しました。醤油・胡麻味噌の両つゆも…いや、あまりに上品でまだ良く分かりませんが、いいものに違いないです。大変美味。

うーん、でも緊張しました。やはりうどん部には似つかわしくなかったのでしょうか。

侭田部員 「これじゃあ、うどん部じゃなくて『おうどん』部じゃのう」



完食。



ここは「うどん」部の来る場所ではありませんでした…

参考文献


お店の公式ウェブサイト